・アン・ハッピー・ニュー・イヤー

今日は元日。そして今は朝の7時。私は彼氏と初詣に行く準備として、着付けとへアセットをしてもらうために姉のところに向かっていた。姉は美容師で、実家 から20分程のところに住んでおり、美容室を経営している。姉は、言葉遣いが乱暴でちっとも女らしくない私をいつも心配してくれていて、私のヘアスタイル もいつも姉の店でやってもらっている。
去年の秋、私は、いつも姉の店に行ったときにカットを担当してくれていた片桐武志さんとつきあい始めた。姉は、私に彼氏ができた事を喜んでくれ、「利沙 子、お正月は着物を着て、武志君を驚かせるのよ。たまには女らしいとこでも見せないと。武志君も喜ぶわよ。大丈夫、着付けもヘアセットもやってあげるか ら。元旦の朝店にいらっしゃいよ。武志くんには秘密にしとくわよ。当日びっくりさせたいでしょ」と、強く勧めてくれたのだった。

姉のところにつくと、店には従業員の男性2人、田畑さんと石上さんがいた。二人とも武志さんの友達だ。
「今日は武志とのデートのためにおめかしするんだろ?店長に頼まれて手伝いにきたんだよ。」と田畑さん。石上さんは奥から姉を呼んできてくれた。
「あ、利沙子、待ってたよー!」「ごめんね、お姉ちゃん。朝早くから・・それに田畑さんと石上さんにもわざわざ来てもらって・・」「いーのいーの。私が勧 めたんだから。この二人だって、どうせヒマしてるんだからいいのよ」姉は笑ってそういった。「さあさあ、まずはへアセットからよ。あっちに座って。」と奥 のカット台に案内してくれた。姉は道具を取りに奥に行った。
するとなぜかそのカット台だけ、鏡に布がかけられている。「ねえ、どうして布が掛かってるの?」石上さんに聞いてみると、
「ああ、これは店長が、『仕上がりまで見えない方が、利沙子自身もびっくりできていいよ』って。」なるほど。確かにセットの過程が見えてない方が、完成し た時の驚きは大きいかも。石上さんの話に納得。
姉が戻ってきて、私の背後からケープを巻き、胸の辺りまで伸びている髪をきれいに梳かした。
「動かないでね。可愛くしてあげるからね」と姉が言うと、後ろから『ビィーン』と音が聞こえてきた。
「え・・・??」と思っているうちに頭を強く抑えられ、その音は私の額のあたりに近づいてきた。それがバリカンだと気づき、「やめて!!!」と逃げようと したが、田畑さんと石上さん、二人の男性に体を押さえつけられ、動く事ができない。
恐ろしい音がするその物体は、私の前髪に潜り込んできた。つむじのほうまで一気に突き進む。『ビーン、ザザザ・・・・』音と共に、凄まじい量の髪の毛がバ サッ、バサッ、と音を立てて落ちてゆく。少しずつ位置を変えて何度もそれは繰り返された。その度に大量の髪の毛が床に落ちる。
頭頂部をほとんど刈ってしまうと、大粒の涙を流す私に、姉が話しかけてきた。
「どうして私がこんな事するか、あんたわかってる?」まったく思い当たる節がない私が首を横に振ると、今度は右サイドの髪を刈り始めながら、姉は言った。 「私はねえ、武志君の事が、2年も前から好きだったのよ!!武志君がこの店に入ってきてからずっと、ずっと好きだったのよ!!!・・・あんたが武志君に告 白する前の日、私も武志君に告白してたのよ!!!!『考えてみる』って言ってくれてたのよ!!・・・・あんたが・・あんたが告白なんかしなければ、私と付 き合ってくれたはずよ!!!あんたなんかより、私のほうが女らしいし、おしとやかだし・・なのに何であんたなのよ・・・。あんたなんて、男っぽくてやん ちゃなくせに、髪だけ長いなんておかしいのよ!!頭も男らしく、坊主にしちゃえばいいのよ!!!!」姉は泣いていた。
そんなことずっと知らなかった。武志さんだって何も言ってなかった。・・でも知らなかったとはいえ、姉には辛い思いをさせてしまったのかもしれない・・・ だからって坊主にするなんて・・と憤りの気持ちもあったが、姉の涙を見ると、何も言えなくなってしまい私は黙って坊主になるしかなかった。
右サイドを刈り終えると、今度は左サイドを刈られる。耳に大きな音が響く。ドサドサと髪が肩を叩いて落ちる。
次は襟足にバリカンが潜り込む。すると今までより更に重い音が響く。刈られるたびに頭が軽くなっていくのがはっきりと感じられる。
やがてすべての髪が刈り取られた。頭が軽い。スースーする。姉はいつの間にかいなくなっていた。
石上さんが鏡を持ってきてくれた。恐る恐る覗き込んでみると、全く別人の私がいた。見たとたんまた涙が込み上げてきた。これできっともう武志さんとはおし まいになるだろう。胸が締め付けられる程苦しくなった。しかしもうどうしようもない。私は坊主になってしまったのだから。
ふと気づくと、石上さんも田畑さんもいない。時間を見ると8時半になっていた。私は着ていたパーカーのフードをかぶり、彼との待ち合わせ場所に急いだ。

場所に着くと、もう武志さんはいた。私は武志さんの前に行くと意を決してフードを取った。
武志さんはしばらく呆気にとられていたが、数分後、「ごめん・・」と言い残し、その場を去っていった。

私はこの最低な正月の事を一生忘れないだろう。髪も、初めての彼氏も奪っていったこの日。そして姉の事も一生許すまい・・・
私は、寒い頭に再度フードをかぶせ、家路に着いた。『必ず復讐してやる・・・』と心に誓いながら・・・


END

年明けに間に合うように超特急で書きました。つたない作品ですが、読んでくださってありがとうございました。



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